03


で、お前は?と橘は視線で促してくる。

「俺は糸井 久弥」

「久弥な…。俺のことは來希って呼べ」

いきなり態度を友好的なものに変えたと思ったらそんな事を言ってきた。

俺は警戒しながら口を開く。

「どういうつもりですか?」

「別に。それより敬語やめろ。うぜぇ」

何様だコイツ。ムカつく野郎だな。

來希の態度にカチンときて俺は、希望通り敬語を捨ててやった。

「それで、俺に何の用だ?」

これから三年間、同室者として一緒に過ごすことになるんだ、どの道敬語はいつか崩れるだろう。

なら早い方が俺も気を使わなくて済む。

そもそもコイツ相手に気なんか絶対使わないと思うが。

「同室者が今日来るっつぅから見に来ただけだ」

「あっそ。ならもう見たんだから出てけよ」

シッシッと手で追い払う仕草をしてやる。

だが、逆に來希は出て行くどころか近付いてきやがった。

「ふぅん、それが素か」

ぐっと顎を掴まれ上向かされる。

「だったら何だ。お前に関係ねぇだろ」

眼鏡で遮られてて分からないだろうが俺は來希を睨みつけた。

「へぇ、関係ねぇか。んじゃその関係を作ってやろうじゃねぇか」

「はぁ?誰がお前なんかと―、んっ!?」

急に引き寄せられたと思ったら唇に嫌な感触がした。

ふざけんなよ、コイツっ!!

こういった目に合うのは二度目だ。だから俺の行動は早かった。

思い切り相手の足を踵で踏みつけ、痛みに驚いて離れた相手の脇腹めがけて上段回し蹴りを食らわす。

ただ、計算外だったのは來希の防御する反応が早かったことだ。

「ちっ」

思わず出た舌打ちに、何が楽しいのか來希は笑った。

「くっ、はははは。こりゃいい。ますます気に入ったぜ」

その馬鹿笑いが癪に触り、俺は部屋の扉を指して言葉を吐き捨てた。

「いいからさっさと出てけ」








あの後タイミングよく來希の携帯が鳴り、アイツは部屋を出て行った。

そして俺は今、夕飯を食べに食堂まで来たわけだが…。

学生寮の食堂にしちゃ広いし、金かけすぎ。

特に食堂奥にあるテーブルは他と違いやたらキラキラしている。

俺は空いている手近な席に座り、予め教えてもらっていた手順通りパネルを操作して、メニューを頼んだ。

にしても食堂に入ってからというもの視線が凄い。

外部からの入学生がそんなに珍しいのか?

俺は無遠慮に向けられる視線を敢えて無視し続けた。

料理を運んできたウエイターさんにお礼を言い、料理が冷めないうちに食べ始める。

ちなみに頼んだのはドリアだ。

はぁ〜、金かけてるだけあって美味いわ。

ぱくぱく食べていればテーブルに影ができ、声を掛けられた。

「お前随分美味しそうに食べるな」

その声にスプーンを止め、視線を向ける。

と、そこには黒目黒髪の格好良いお兄さんがいた。

キリッとした目元は涼しげで、鼻筋もスッと通りその下にある唇はゆるりと優しげに弧を描いている。

座って良いか、と聞かれ俺はあ、はいと何とも間抜けな返事を返してしまった。

いったい誰だろこの人?

俺の疑問が伝わったのか目の前のお兄さんはにっこり笑って答えてくれた。

「いきなりごめんな。俺、本庄 敦。裕弥の友人でこの学園で教師やってるんだ」

「兄貴の友達?」

糸井 裕弥、25歳。九つ歳の離れた正真正銘俺の兄だ。

お兄さんもとい、本庄さん。いや、教師をしてると言ったからこの場合先生か。

「それで本庄先生、俺に何か用ですか?」

「いや、まぁうん。裕弥に君の事を頼まれてね。まず挨拶をしとこうと思って来たんだ」

相変わらず兄貴は心配性だな。俺、もう高校生だってのに。

俺は呆れた表情を表にださずニコリ、と本庄に笑顔を向け、優等生キャラを作って言った。

「そうですか。態々すいません」

「いっ、いや別に。俺が好きでしたことだから」

なぜか本庄はうろたえて俺から視線を反らした。

「先生?」

何だコイツ?

俺が首を傾げ顔を近付けると本庄はチラリと俺を見て口を開いた。

「それ、ちょっと変装甘いんじゃないか?」

「……何の事ですか?」

もしかして兄貴、喋ったのか?

俺がしらを切れば本庄はそれに、と続けた。

「俺の前で別に優等生ぶらなくていい。俺は君の事裕弥から聞いて知ってるから」

やっぱり。兄貴喋ったな。

でも…、

「人目がありますから」

食堂に入ってからというもの周りから視線を受け、更に本庄が来てから増した鋭い視線のことを言えば、本庄は納得したように頷いた。

納得してもらった所で、俺は先程引っ掛かった内容を聞き返した。

「俺のどこが甘いんですか?」

すると本庄は困った顔をして言った。

「ん〜、全体的に。君の可愛さがあまり隠れてないし、見る人が見れば分かっちゃうんじゃないかな」

「はぁ?何言ってんですか?理解しかねます。第一、男に可愛いはないんじゃないですか」

目ぇ腐ってんじゃねぇのコイツ?

あくまでにこやかに告げた俺に、本庄は神妙な顔付きになった。

「君は裕弥から学園について何て説明されたのかな?」

いきなり話を変えてきた本庄の意図が読めず俺は首を傾げた。

今ここで聞くような話か?

しかし、本庄がジッと真面目な顔して俺を見つめていたから仕方なく口を開いた。

「兄貴は全寮制の男子高だから血気盛んな奴が多いって。だから、小柄な俺は喧嘩売られたり絡まれたりするからそういう時は逃げるか先手必勝で相手が動く前に倒せって。とにかく周りに注意していれば他は快適に学園生活を送れる、って言ってました」

言われた通りに伝えれば本庄は額に手をあて盛大な溜め息を吐いた。

「裕弥の奴いい加減なことを…」

いい加減?

何が、と聞く前に本庄は更に質問してくる。

「その変装はどうして?」



[ 5 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -